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2019-12-08

Tシャツの裏に書いてあるメッセージ。

128日(日)

今日は 開塞成冬 (そらさむく ふゆとなる)

天地の氣が塞がって冬となる日。

暦通り、今朝も冷え込んでいて、洗濯物を干す手が震える。

8時になる前に干していると、いったいこれは本当に乾くのだろうかと疑ってしまうほど 朝露の空氣がいっぱに広がっている、そんな鎌倉の山の朝。

 

昨日は ホームパーティの日。

夏から月に2~3回、北鎌倉の自宅で開いているホームパーティ。
私がごはんをつくらせてもらって、 2~4名の友達と一緒にお話をする、そんな小さく賑やかな1日。

昨日は 2年くらい学ばせてもらって、今は講師養成講座に通っている「思考の学校」のメンバーが来てくれた。地元、静岡の三島・沼津からも

思考の学校では、 “360度全部自分でつくっている”という考え方、自分の潜在的な意識(実は思っている本音)に気づいて これまで気づかなかった絶対こうだ!”という思い込みを外して、本当に使いたいところにエネルギーを使っていこうよ、ということを学んでいる場所。

思考の学校、思考のしくみについては またゆっくり紹介できたらなと思うのだけど、

こうしてみんなで お久しぶり会をしていると、本当にシンプルに、いかに自分の思い込みで 日常を歪めて捉えていたり、振舞ったりしていることか、ということに気づく。

 

私たちは 一人では生きていないから 日常的にたくさんの人に触れて その思い込みに気づく機会はたくさんあるのはずなのだけど、実際にはそう多くないこともあったりして

それは何故なのかなと思うと、
きっとこの場は、ここまで話す?ということを日常のことも過去のことも共有してきた積み重ねがあるから。未来を描いた時に生まれる抵抗感も。

自分の感じていることを 快も不快も安心して話すことができるから、互いの思い込みに気づけるところまで話ができる。そしてそれは相手の思い込みだけでなくて、自分の思い込みであったことにも気づく。
これはカチャカチャと熱いお湯で食器を洗いながら思ったこと。

 

自分をコントロールできなかったらどうしよう、とか
完璧じゃないといけない、
と思って日々を臆病に暮らすことよりも、

私らしく思い切り生きながら、
惜しみなく自分のこともシェアしてお互いに感じたこともシェアして
時に軌道修正、捉え直す機会をもらって暮らす方が、

 

安心で楽しくて、未知の可能性があっておもしろいよな~と思う。

 

それはちょうど、
着ているTシャツの後ろに書いてある なにかのメッセージを、
一人で頭も体もひねりまくって なんとかして見ようと思ってあたふたしているのと、

二人以上の人たちで、お互いに、「これが書いてあるよ」と伝えあえう、
一人だったときよりも格段に早く見ることができて、
じゃあこれをどうしようと話すことができる、というようなこと。

とっても自然で、すごい人間らしい。人間くさい。そんな気がする。

1年前よりも少し(格段に?笑)素直になった私は そうだなぁ、と素直に思う。

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